オン・ザ・フェイス。

あっという間に正月もすぎ。。。
ブログに戻ってきたけど書く事がない。。。

昨日職場でFacebookの話をしていた。
ワタシは登録して早4年になろうかという所。
当時の職場の同僚に、
「昔の友達とキャッチアップするのにすっごく便利だよぉ。」
と言われ、アカウントを開いたというわけ。
確かにその後、
昔の友人を何人か見つけてFacebook上でキャッチアップした。
でも、実際に会ったのは殆ど無いな。
逆に関係が希釈化した気がしなくもない。

とはいえ、夫の方は
昔の友人とFacebookチャットでしょっちゅう会話して、
実際にもキャッチアップしたりしている。

で、勤め先での会話というと、
うん、日本にいた頃の古い友達をFacebook検索したんだけど、
全然出てこないんだよねぇ。。。という話。
どうやら使用人口自体が少ないらしい。
ワタシのFacebook友達日本人も
みんな留学経験ある人とか、海外在住者とか、海外と日本を行き来している人ばかり。

最初は何で?と思ってたけれど、
今思えば、
日本にいた頃の自分はこういうソーシャルサイトというものの誘いを一切断っていた。
胡散臭いイメージがあったし、
何だかねぇ、その中での人間関係が嘘くさい感じしたんだよね。

で、本音を言っちゃえば
Facebook上の友達は殆ど表向きだけ。
職場の同僚とのソーシャライジングにたまに使うくらいで
本当の友達は少ない。
というか、本当の友達でFacebookを使ってない人はかなりいる。

ビジネスをやってたり、音楽やエンターテイメント業界にいる知り合いは
これをすごく有効活用していて、
ウン百人、ウン千人という数のFacebook友達がいる。
こうなると、サイトに行ってもニュースが毎秒入ってくるわけで、
ついていけなくなるだろう。
スマートフォンにかじりついてチャットするか、
本当に大事な友達なら、結局メールや電話でコンタクトを取る事になる。

昔、メールだけでやり取りしていた頃は、
こういう忙しい友達ともちゃんと交流していたんだけど、
最近は面倒に感じるようになってしまった。
Facebook上で、
「ハッピーニューイヤー」
って、Facebook上の友達みんなに向けていってそれで終わり。
それって、人間関係薄すぎ~って。
でも、それで終わってしまう事ってどれだけあるんだろう。

今の海外の十代の殆どはFacebookアカウントを持っていて、
Facebook世代とも言われる。
無関心で、人間関係が希薄で、
ゲームやアニメの話とかばかりしてたりする。

とはいえ、
Facebookを使って、
自分の撮った写真を載せたりして、
クリエイティブに使っている人もいたりするのを見ると、
これも悪くないのかも知れないなと思う。

アートの、アートたる所以?

今日、たまたま新聞を読んでいたら、
文芸紙面の記事に、メルボルンのビジュアルアーティストKris Moyesが監督したミュージックビデオがABCの『RAGE』という音楽番組から取り下げろというリクエストが視聴者から来たとの事が触れられていた。
その理由は、ビデオの中に、下着ひとつの男の子が出てくる事、バーカを頭につけたヌード女性が出てくる事などが道徳に外れる、というもの。
アーティスト自身は、ビデオクリップの中で、主人公の男性が現実感を失っていく過程の、壊れていく記憶のかけらと、頭の中の妄想の一端を表現したかったのだという。

問題のビデオはKirin J Callinanというミュージシャンの『WAY II WAR』という曲に使われたものだが、
実際に見ても、吐き気がするくらい極端で、ビデオ部門で賞を貰った所以が理解できない。
リンク:http://www.youtube.com/watch?v=rT75jUEUoO0

今迄、色んなアーティストがセンサーシップの問題でビデオクリップの一部をカットされたりしてきたし、児童ポルノに引っかかるということで問題になった写真家も近年いろいろ耳に入る。
『視聴者は自分の経験を元に解釈する。』
そういう彼だが、アートというものは何処で線を引くべきなのだろうか、
それとも線を引くべきじゃないのか?

表現の自由というものは確かにある程度許されると思うけれど、
大衆を相手にしたアートの場合、
芸術が見る人に与える影響は強いし、それが危険な場合もあるんじゃないか。
『視聴者は自分の経験を元に解釈する。』から。
それなら見なければいいじゃないか、
というのは簡単。
でも、それはアクシデントで誰の目に入るか分からない。

そんな事を思いながら、ふと思い出した日本のミュージッククリップがある。
BOOWYのわがままジュリエットだ。
曲自体はワタシも好きだし、
動画の表現も美しいと思う。
でも、今の時代なら問題になりかねない映像も出てくる。



昔、
アートの良さっていうのはルールが無いからだと思っていた。
見る人、読む人、聞く人によって解釈が変わる事が、
アートの面白いところだと思っていた。
こうであってはいけない、
美しくなければいけない、
そういう線の曖昧な部分がアートのアートたる所以だと。

アートは、個人の表現から始まるんだと思う。
とってもプライベートなもの。
それが、人の目にはいった時点で、
別なモノになる。

でも、Kris Moyesの作品は
大衆に衝撃を与える目的が、既にあったんじゃないかと疑ってしまう。
ストーリーや趣旨が伝わって来ない。
それとも、見る人によっては伝わるのだろうか。

そんな事を考えながら、数時間つぶしてしまった。

人間とは何か。

今日はオーストラリアディだったけど、
ワタシにとっては普通の日。
最近疲れが目立ち始めて、カラダの調子も悪くて
ああ、もうイヤ!
それでも何とか一日を無事に終える事が出来た。
ありがとう。

そういえば、
少し前までABCというテレビ局で、
『REAL HUMANS』というスエーデンのドラマを放送していた。
そこに描かれるのは、
「一家に一人、ロボット如何?」
ってな感じで人間そっくりのロボット(HUBOT)を
身の回りの世話や、家事の手伝いに購入する家庭が急増する世界。
ロボットといっても、余りに人間そっくりで直ぐには見分けがつかないほど。
その為にロボットを恋人やパートナーにする人さえいる。

オープンにロボットを受け入れる人が居れば、
ロボットに人間の世界が乗っ取られるのを恐れて目の当たりにする人もいる。
充電式で感情もないはずのロボット。
でも、このドラマのメインキャラクター達は、自我や感情を持っている。
ロボットの自由解放運動を続けている。(その為には殺人も犯すロボットもいる。)
何故、このロボット達だけ普通のロボットと違うのか。



実はメインキャラクターのリオは一度子供の頃死んでいる。
魂を持ったロボットを開発していた彼の父親は、唯一の息子の死を受け入れず、
彼の魂をコード化して、人工の脳に移植する。
そうしてその子は充電式の心臓と人工の脳を持つ事によって
死んだまま生き延び、成長する。

その後、父親は息子の死の直前に死んだ妻のクローンロボットを作り、
それにもコード化した魂を移植する。
つまり、メインのロボット達は全員、魂を持っているのだ。
充電式で、歳を取らない事を除けば人間と変わらない。
それにも関わらず、故障すれば資源ごみになって
ロボットを作るのに再利用されるのだ。
人間であれば、殺人である。

魂を持った、感情を持ったロボットは
人間と同様に扱われるべきなんではないか、
ロボットであれば、感情があっても
おもちゃの様に、人間の利便の為に使って、
要らなくなれば捨てていいのだろうか。

工場で働くロジャーは、ロボットが労働力の殆どを担っている環境に不満を持っている一人。
彼も家に一人ロボットがいる。
ハンサムなそのロボットは、彼のいない間妻と子供の話相手や遊び相手になっている。
妻が自分よりロボットと楽しい時間を過ごしているのに腹立たしさを感じたロジャーは
ロボットに当たり、殴りつける。
その日を限りに、妻はハンサムロボットと一緒に逃げてしまう。

ロボットに嫉妬をしたり、愛情を感じたり、
ロボットと絆を持ったりする中で、
境界線は崩れていき、
人間は人間である事の意味を問うようになっていく。

本当の人間であるという事は何なのか。
故障してばかりの最近のワタシ。
スクラップになって資源ごみ。
ワタシの身体は、再利用するには余り価値がないだろうな。

だから、機能する内に目いっぱい生きよう。

Profile
齢45になるベテランてんかん患者です。 お仕事はきちんとしながら オフはだらだらと生活してます。 仕事仲間には私が怠け者とはバレてません。 てんかん、っていう以外はまあ、普通。 つまんない冗談とかよく言ってます。

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ふぅみん:D

Author:ふぅみん:D
16歳の時にてんかん発病。
闘病歴24年。(な、長い!)
7年前、オーストラリアのメルボルンでソウルメイトと出会い、8ヶ月後に結婚。

性格:真面目な変人。オープンな性格。時々情緒不安定。
タイプ:エロオヤジ系。
煽てられると調子に乗る。

いつも、ありがとう。

折角ブログを覗きに来てくれる人が居るのに、
サボり癖のついている最近のワタシ。
だけど、結局戻ってくる。
どんなに長くサボっていても
その内にきっと必ず書きたくなるから。

ブログってそんなものなのかも知れない。
もう書き始めて何年になるんだろうか?

ブログと共に、
ワタシも歳をとり。
成長し。(?)
他の人のブログとつながる。

あ、あのヒト、どうしてるかな?
なんて、ワタシも覗きにいく。
毎日頑張って書いているヒト、
ぼちぼち頑張っているヒト、
さまざまだけど、
ああ、頑張っているんだな、って分かるだけで、
一日の終わりに、ワタシに元気をくれる。
ホントにありがとう。
そして、来てくれたヒト、ありがとう。

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